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1999年4月1日、法村圭緒サンクト・ペテルブルグに渡り舞台に備える。
リハーサルを見た宮本東代子によると、前日までは、かなりナーバスになっていたようだ。
しかし、開演前『何かふっきれたようだ』と、私に明るく語る彼の屈託のない表情を見た時、 日本のバレエ史に永遠に刻まれるであろう、このステージが大成功の内、幕を閉じるだろうという予感を覚えた。
1999年4月13日、午後7時開演。
1幕が始まり相手役のタラソワと法村圭緒が登場、場内一瞬、水をうった様な静けさ。 しかし、踊りが進むにつれ拍手は熱を帯び、終幕の男性バリエーションが終わった頃には、
割れんばかりの終わる事のないような拍手喝采だった。 カーテン・コールは幾度となく 続き、スタンディング・オベイションを贈る観客の姿も数多く見受けられた。
終演後、設けられた小宴での席上では、彼の恩師ゲンナジー・セリュツキイ氏はマリインスキイ劇場260年の歴史の中で、日本人男性
初の主役である法村圭緒のステージを称賛していた。
これは余談だが、日本から持っていった白の衣装は使わず、ワジーエフ、セリュツキイ両氏の発案で『ルジマートフ』の黒い衣装を着て踊る事になった。
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